*** 「・・・今日も外に出ませんでしたね」
愁太郎 「別にいいだろ、休日くらいゴロゴロしてたって」
*** 「あなたのような年頃の少年が、日がな一日、マッキンの前に
座りっぱなしはどうかと思いますよ」
愁太郎 「Macintoshをそこで区切る奴、初めてだ」
*** 「インターネイトばかり見て。ツーチャンネルはそんなに
おもしろいのですか」
愁太郎 「うるさいなぁ」
*** 「それに、今日はロクに食べていませんね。
あなたの顔色が悪いのは、きっとそのせいです」
*** 「育ち盛りの思春期には、もっと栄養が必要だ。
たとえばそう、獲りたての新鮮な山の幸――血のしたたるジビエ!
・・・ぼくちょっとそこらでウサギでも撃ってこよう」
愁太郎 「待て待て待て!」
*** 「ウサギは嫌いですか? 実はぼくも鹿のほうが好きなんだけど、
奴らはとても用心深いですからね」
愁太郎 「お前の肉好きは分かったから! 勝手に外をウロウロするんじゃない」
*** 「・・・それにしても。この町はとても静かですね。
どこかでお祭りなど、やっていないのですか?」
愁太郎 「知らない」
*** 「お祭りはとてもいいものです! ぼくの故郷では、みんなで広場に集まって、
出店を回ったり、お酒を飲んだり歌を歌ったりして楽しむんですよ」
愁太郎 「ふーん」
*** 「あそこのお祭りは実にいろいろで楽しいです。
あなたにも是非いつか見せてあげたいものだ」
愁太郎 「・・・そんなに楽しい所なら帰れば? いったい何処にあるのか
何回聞いてもサッパリだけどな。それにお前、なんだかんだ言って
もう半年もボクん家にいるし。なんで? ふふん」
*** 「・・・ああ、そのことで、ちょっとお話があるんです。実はぼく、しばらく
故郷のホルツヘイムに帰るのは延期しようかと思って」
愁太郎 「へぇ。そりゃまたどうして」
*** 「あっちは今ちょうど、雨傘祭りのシーズンです。ほんと言うと、ぼく
今年の傘もちに選ばれてたんだけど。あなたは知らないでしょうが、
傘もちに選ばれるのは大変な名誉なんです」
愁太郎 「じゃー帰ればいいじゃん」
*** 「いや、ですからぼくは、当分の間、帰らないつもりなんです」
愁太郎 「・・・お前さぁ、ホントは帰り方、分かんないだけなんだろ。
そりゃそうだよな。ホルツなんとかなんて、勝手な作り話なんだから」
*** 「違いますよ」
*** 「今ぼくが帰ったら、あなたはまた、この広い家に一人ぼっちになって
しまうでしょう。だからぼくは帰らないんです」
愁太郎 「・・・いいか。前から言ってるけど、お前はボクが買ったボクの物で、
に・ん・ぎ・ょ・う なんだからな! ワケのわかんない、ホルツなんとかが故郷
だとか、ヘンなこと言うのやめろ」
*** 「・・・いつかあなたも一緒に行けば分かると思いますよ」
愁太郎 「ボクとお前が一緒に行くのは、ホルムなんとかじゃあない。
都立産業貿易センターとか、東京流通センターとか、あとはそうだな・・・
ドールカフェとか、オシャレな撮影スタジオとかなんだよ!
行ったことないけど」
*** 「? そうなんですか? それは初耳です!」
愁太郎 「それに、ボクはお前のオーナーだから、イベントに行ったらお前の
洋服を買ってやったり、靴を買ってやったりするんだ。あと、写真も
撮ってやる。どうだ、嬉しいだろ」
*** 「ありがとうございます。でも愁太郎さん、ぼくは服も靴もこのとおり
持っていますから、お気遣いなく」
愁太郎 「お前の意見なんかどうでもいいんだよ! お前はボクの人形なの!
服や靴はボクが欲しいやつを買うし、着せたいやつを着せるんだからな。
口答えするんじゃないぞ」
*** 「ふぅむ・・・・・・そうだ! それならこういうのはどうです? ぼくもあなたに
洋服を買ってあげる」
愁太郎 「は?」
*** 「ぼく、あなたには以前から、「しましま」が似合うんじゃないかと思って
いたんです。そうですね、色は白と黒・・・しましまの上着にしましまのズボン!」
愁太郎 「まんま囚人服じゃねーか」
*** 「お金のことなら大丈夫。
ナイショだけど、実はぼく、財産を持っているんです。ほら、これを見て」
*** 「これはただのドングリじゃない。ホルツヘイムの長老ドングリの木に、
100年に一回だけ実る、いつまでも茶色くならないドングリです。
ぼくのお父さんが子供のころ、その100年目に当たったんです」
愁太郎 「お前の脳内設定、つくづく細かいなぁ!」
*** 「ともかく明日になったら、一緒に洋服屋さんへ行きましょうね。
ぼくとあなたでお互いにプレゼント交換――! これは楽しみだ」
愁太郎 「・・・外へ行くなら、名前をつけなきゃなぁ」
*** 「?」
愁太郎 「お前の名前だよ。うんとカッコいい名前じゃないとダメだ」
*** 「・・・そうなんですか?」
愁太郎 「洋服屋くらいならいいけど、そのうちドールイベントとかで、誰かと
知り合ったりするかもしれないし。人形の名前を聞かれて、名無し
だなんて答えたら、きっと冷たい奴だって思われる」
*** 「ふむ。人形には名前をつけるのが普通なのですか」
愁太郎 「ボクがネットで見てる人形好きの人たちはみんな、そうしてる。
それで、お互いの人形を持ち寄って褒めたり、楽しく話したり、
写真を撮ったりするんだ」
*** 「それなら同じようにしたらいい。あなたには友達が必要なんですから。
でもまずは肝心の人形を買わないといけませんね!」
愁太郎 「いや、だからさぁ」
愁太郎 「・・・なぁ、もしもさ」
*** 「?」
愁太郎 「もしもの話だけど、お前を外に連れて行って、知り合いができたら、
ボクも交流のためにホームページを立ち上げたりするのかな」
*** 「!? なんですって?!」
愁太郎 「ネットで見てると、みんなホームページを行き来して、仲良くなったり
してるみたいだ」
*** 「ちょ、ちょっと待ってください。 ホルムペイズ?!あなた今、
ホルムペイズと言いました?!」
愁太郎 「ちょっと違うなぁ」
*** 「ホルムペイズを行き来して仲良く・・・悪いけどさすがにそれだけはお断りです」
愁太郎 「? なんでだよ」
*** 「あなたがご存じないのは仕方がない。しかし、ホルツヘイムとホルムペイズとは、
谷を挟んで長年敵対する村どうしなのです!」
愁太郎 「お前の設定、やっぱワケわかんねーな」
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