なんかラヴェルのボレロって曲に似てる気がする



最初はほんの小さな音 テレレツテレレツと規則正しく刻む小太鼓 

やがてひそやかに流れはじめる あのフルートの音色


単調な繰り返しのしらべに 最初はひとつ、ふたっつ

やがて百もの楽器の音がどんどん重なってゆき 

それらの共鳴が共鳴を呼んで ぶつかりあい うねり





気がつけばあちらのほうから 足を踏み鳴らし 迫るように近づいてくる音の大編隊

そうしていつのまにかボクを取り囲み 完全に包囲して引きずり込む大きな渦






なんかそういう ラヴェルのボレロみたいな感じがする














ピンポーン(ドアベルの音)







愁太郎 「おーい、幸村ぁ」


























愁太郎 「幸村ってば」


















幸村 「呼びました? ぼく今となりの部屋で、録画しておいた「ダーウィンが来た!」を

観てるんですが」



愁太郎 「誰か来たみたい。 ボクいまいそがしーから出てくんない」











幸村 「忙しい」



ピンポーンピンポーン(ドアベルの音)




幸村 「来客ですかね?」




ピンピンポピンポピンポピンピンポピンピンポポポンピンポポポンピンポンピンポンピンポン


愁太郎 「うるせー!」


幸村 「高橋名人かな?」















ピンポピンポピンポピンピンポピンピンポポポンピンポポポンピンポンピンポンピンポン





幸村 「今開けますので! しょうしょうお待ち下さい」


























ロメオ 「届け物だ。サインを頼む」


幸村 「い、犬!」


ロメオ 「・・・リスに字はムリか? まぁ、肉球判でもなんとかなるぞ」


幸村 「いえ、書けます。ちょっと待ってくださいね。・・・はい」














ロメオ 「・・・けっこう。なかなか達筆じゃないか。荷物はココだ。受け取れ」

幸村 「有難うございます。ところで、あなたが犬だったというのは大変な驚きです」


ロメオ 「?」



幸村 「残念ながらうちにはファミリーコンピはありませんが、ウーイならあります。

良かったら一秒間16連打を見せてもらえませんか。グラディウスなど」


ロメオ 「・・・これは俺が犬であること、つまり捕食者としてのおごりかもしれんが、

お前ら出っ歯のげっ歯類が言うことは、よく分からんな」


幸村 「モアイの瞬殺が見たいのです」


ロメオ 「クルミの食い過ぎで脳みそに悪い油が回ったか?」


幸村 「ダメですか」









ロメオ 「言っても無駄のようだな。とりあえず荷物はたしかに渡したぞ。じゃあな」









幸村 「ああ、行ってしまった・・・・・・それにしても、ずいぶん大きな箱だなあ」






愁太郎 「おい、なんだった?」


幸村 「はっ」











幸村 「郵便みたいです。ええと差出人は・・・ホルツヘイム・・・カスペルプロッツ百貨店? 

ああこれは・・・ぼくにだ! ホルツヘイムの、お父さんからの荷物です!」



愁太郎 「は?」


幸村 「そういえば、「ふるさと宅急便」でいろいろ送ってくれるって言ってたっけ」













愁太郎 「お前が書いてよこした手紙もそうだけどさ、その、例のとこからウチに、どうやって

郵便が届くのかスゲー不思議なんですけど、ボク」




幸村 「さっそく開けてみよう」



愁太郎 「・・・・・・」



幸村 「やぁ、これは・・・!」










愁太郎 「聞いてんのかよ」

幸村 「ぼくが大好きなジュース! それにお菓子も! こんな珍しいものを送ってくれるなんて、

さすがお父さんだ!」


愁太郎 「全部日本で買えるだろ」


幸村 「やぁ、手紙も入ってるぞ!」











愁太郎 「ってかこの箱、なんかスゲーギッシリいろいろ入ってるな」













幸村 「”前略 拝啓幸村殿 新緑の輝く季節となりましたが、ますますご清栄のことと存じます”」



愁太郎 「略してねーし」



幸村 「”クリスマスにはこちらへ帰省してくれて有難う、父も叔父達も、遠い日本に滞在している

きみが帰ってきたのでとても嬉しく、鼻高々でした。 いまは遠い地で暮らすきみのために、

懐かしい故郷の品物をいくつか送ります”」



愁太郎 「・・・・・・」



幸村 「”追伸 ホルツヘイムではサフラン祭りが終わり、そろそろ初夏の大祭、雨傘祭りの準備が

始まります。きみは今年も傘持ちに選ばれていたのに、祭りに出られないのはとても残念ですね、”」



愁太郎 「・・・・・・」



幸村 「”せめてそちらにいる皆さんと、形だけでも傘祭りを楽しんでください。父からの贈り物です”」



愁太郎 「? なんだこれ」















幸村 「やぁ、これは!」












幸村 「雨傘祭りの傘だ! お父さんが送ってくれた!」


愁太郎 「なにそれ」


幸村 「ホルツヘイムの初夏のお祭りです。あっちでは5月の末ごろから10日ほど、毎日雨が

続く時期があるんです。日本のトゥーユーみたいなもので」


愁太郎 「・・・梅雨?」


幸村 「雨だから、と外に出ないのはつまらないでしょう? ホルツヘイムでは思い思いの傘を

持って、雨の中で ”えるっぷみー、えるるっぷみー!!”と声をかけながら昼夜ぶっ通しで

踊るのです。それが雨傘祭りですよ!」










愁太郎 「つか、この傘、紙でできてるじゃん。雨にぬれたら駄目になるんじゃないの」


幸村 「ええ」


愁太郎 「それでいいの?」


幸村 「濡れたら駄目になるところがいいんじゃないですか! 一度限りの短い命。

だから毎日違う傘、いや、朝と夜でも違う傘! ・・・それがリスのプライドというものですよ。

えるっぷみー!」











愁太郎 「よく分からん美学だなあ」



幸村 「ぼくは傘持ちに選ばれていたから、本当なら黄金色の、フキの葉ほどもある

大傘を持って踊る役なんです。でも本当言うと、カスペルプロッツの色とりどりの

傘の中からお気に入りを選ぶほうがいい」



愁太郎 「ふーん」












幸村 「しかし、この傘はあなたには小さすぎますね。来年はカスペルプロッツへ特注して、

こちらで傘祭りを開きましょう。ブラジルのサンバのように、世界のいろいろなところで

ホルツヘイムの祭りは親しまれていますから」



愁太郎 「・・・傘のほかには何が入ってるんだ? おい、これは?」



幸村 「うん?」














愁太郎 「リボンに・・・なんかくっついてる」















幸村 「!! そ、それは!!」


愁太郎 「わっ!!」












愁太郎 「おい、何すんだよ。ボクが見てたのに」



幸村 「・・・愁太郎さん。 あなたはついにやりましたね」



愁太郎 「は?」


幸村 「これはお祝いをしなくてはいけません。・・・きっとあなたの、リスに対する長年の友好的な

活動が認められたのだ」



愁太郎 「?」



幸村 「ほら、やっぱり。あなたに宛てて、お父さんからのメッセージがある。・・・読みますね?」











愁太郎 「? うん」




幸村 「"親愛なるスー太郎君"」


愁太郎 「・・・おまえんとこの住人て、どーしてこう舌足らずなんだ?」





幸村 「”拝啓 前略息子がますますお世話になっております。

さてこのたび、貴殿のHortzheimに対する友好活動が、本年度の勲章審査会にて

勲八等に該当する旨が承認されました。

よってここに、勲八等緑色瓢箪章を授与するものである・・・”」



愁太郎 「ヒョウタンショウ?」



幸村 「クンハットウ・リョクショクヒョウタンショウです。愁太郎さん、これは大変な名誉ですよ! 

これを与えられたことにより、あなたはぼくの私的な友人から、公式にホルツヘイム

友好人物として認められたのです!」













愁太郎 「はぁ?」



幸村 「”・・・勲章授与により、貴殿には尚一層の努力をもってリス族との友好を深め、

貴家が永きに渡り相互交流の場となるよう努められることを、リス一同期待してやみません”」



愁太郎 「なんかやな予感がしてきたぞ、おい」



幸村 「”追伸:先に派遣したゼンマイ式・ギリス零号機との共存生活レポートもお待ちしております”」





愁太郎 「・・・おい、これってさぁ、勲章と引き換えに、ボクに「あのポンコツの面倒見ろ」ってこと

なんじゃないの。ヒョウタン勲章はそのためのエサって感じで」
































幸村 「ギクリ」






愁太郎 「だいたい勲章ったって・・・ヒョウタンに巻き髭とかって、なんかアホっぽいし、微妙だな」










幸村 「! なんてことを!愁太郎さん、勲八等緑色瓢箪章は、人品いやしからぬ人物にのみ

持つことを許された褒賞ですよ!」



愁太郎 「そーなの?」



幸村 「ええ。カスペルプロッツ百貨店でも、常にご当地お土産ランキングの常連です!」



愁太郎 「市販してんの?」

幸村 「ええ」

愁太郎 「それ勲章って言わなくない?」

幸村 「そうでしょうか」


愁太郎 「そうでしょうか、じゃねーよ。てゆーかなんだよその、さっきからカスペルなんとかって」










幸村 「とても歴史のある老舗の百貨店ですよ。本店はホルツヘイムですが、

移動式の支店をいくつか持っていて、世界中を旅しながら、ホルツヘイムの特産品や輸入品を

売っています」



愁太郎 「ふーん」



幸村 「あなたから聞いたわりには、興味なさそうですね」


愁太郎 「だって・・・そんな見たことも聞いたこともないもんの存在、にわかに信じられないだろ」


幸村 「・・・あなたはいつもそう言うなあ」



愁太郎 「お前が素っ頓狂な話するからだ。だいたい、正直言ってお前のオヤジ? の話も

よく分かんないし」













幸村 「お父さんはホルツヘイムにいますよ!」


愁太郎 「どうだか。ぶっちゃけ時々思うんだよね。お前たちってさ、実はボクのこと担ごうと

してんじゃゃないの。なんのためか全然ワカンネーけど、一連の出来事も、ホルツなんとかも

ボクをターゲットにした壮大な釣りだったりして。なんてね」



幸村 「・・・ぼくを疑っているのですか」


愁太郎 「ちょっと違うな。疑うってのは、信じられなくなるってことだろ。ボクは最初から、

ぜんぜん、ちぃとも、信じてないから。この二つの微妙な違い、わかる?」














幸村 「・・・たしかにあなたはいつも、ぼくの言うことを信じようとしませんね。でもぼくは、それは

あなたが普通の人よりずっと注意深くて、慎重な性格だからだと思っていましたよ」




愁太郎 「そのとおりだな。ついでに他人の言うことすることには基本的に無関心、それがボク」












幸村 「他人・・・ですか」
















幸村 「・・・それならば、一度行ってみますか?」





愁太郎 「は?」



幸村 「もちろん、ホルツヘイムは遠すぎるから、今すぐはムリだけど・・・カスペルプロッツなら多分、

東世界支店がちょうどそろそろ日本へ来ているはずです」













愁太郎 「なんだって?」


幸村 「東世界支店は毎年、年明けから北京、台北、香港、ソウルとまわって、4月のすえから5月には

日本へ来るルートで営業していますからね」





愁太郎 「・・・ふっ」

幸村 「いま笑いましたか」

愁太郎 「はっはは。いーよ。連れてってみろよ。ゼヒとも行ってみたいもんだ!」














幸村 「・・・分かりました。案内しましょう」



愁太郎 「・・・え」



幸村 「ただし、その緑色瓢箪章を忘れないでくださいね。格式の高いあの店ですが、

それがあれば、人形のあなたでも入店を断られることはないでしょうから」



愁太郎 「・・・・・・待てよ、本気で?」



幸村 「カスペルプロッツが店を出すのは、しょうしょう山深いところですから、歩きに

慣れていないあなたにはちょっとキツい道のりかもしれません。・・・少し待っていてください」








まずい この雰囲気




なんかラヴェルのボレロに似てる気がする



最初はほんの小さな音 テレレツテレレツと規則正しく刻む小太鼓 

やがてひそやかに流れはじめる あのフルートの音色








幸村 「お待たせしました」














愁太郎 「おい、」



幸村 「用心にこしたことはありませんからね。なぁに大丈夫、こう見えてもぼくは

射撃の名手です。「ぶっぱなし祭り」の2007年ぶっぱなし王者に輝いたこともあります」



愁太郎 「おいおい、」
















幸村 「まさか今さら尻込みをするのですか? 見てみたい、と言ったのはあなたでしょう。 
さ、準備してください。部屋着に裸足で行けるようなところではありませんよ」





愁太郎 「・・・・・・」





















単調な繰り返しのしらべに 最初はひとつ、ふたっつ

やがて百もの楽器の音がどんどん重なってゆき 

それらの共鳴が共鳴を呼んで ぶつかりあい うねり


















幸村 「道中は長いですから、もしかすると多少の危険があるかも分かりません。
ならず者や熊には注意しなくては」


愁太郎 「・・・・・・」


幸村 「怖いですか? でも、大丈夫」








幸村 「あなたは死なない。・・・ぼくが守るから。」





















気がつけばあちらのほうから 足を踏み鳴らし 迫るように近づいてくる音の大編隊

そうしていつのまにかボクを取り囲み 完全に包囲して引きずり込む大きな渦



















愁太郎 「・・・着替えてくるよ」
























なんかそういう ラヴェルのボレロみたいな感じがする















<おしまい>




※お話の続きっぽいような雰囲気を、2011年 5/1 ドールショウの会場でなんとなくお楽しみ下さい。

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