念のため言っておくと、別に四六時中考えているわけじゃない
ボクは忙しい
あいつが今ごろ、どこで、どうしてるかなんて分からない
探す手がかりもゼロ
皮肉っぽく言うならそれもちょうどいい だってボクは忙しい
ただ
たとえば慌しい一日が終わり、ベッドの中で意識が落ちるまでの数分間
目が覚めて、時計の文字盤を目で追ってから、往生際悪く布団のなかでうごめく数分間
そんなときは要注意
不意にぽかっと浮かび上がってくるから
ここが気に入っていたなら 戻ってくるだろう
気に入ってなかった とも思えないからそれが少し怖い
本当はクルマに轢かれて 死んでたりして
それとも船が沈んで 海の藻屑かも
慌しい一日が終わり、ベッドの中で意識が落ちるまでの数分間
目が覚めて、時計の文字盤を目で追ってから、往生際悪く布団のなかでうごめく数分間
そんなときよりも もっと困るのは
こんなふうに 丸一日することがなにもない 休みの日
不意にぽかっと浮かび上がってきたように
ボクはお前を 思い出す
「…とはいえ、心配したところで」
「どーもなんないよな。勝手に出て行ったわけだし、行き先もよくワカンネー場所だし」
「……なんかもう顔とかも忘れそうだなー」
「いや、待て待て待て。オーナーとして、流石にそれはちょっとマズイか」
「記憶を総動員してみよう…」
「んーと」
「ほっぺたが難しいぜ」
「……!」
「いかん、なんかムカつく顔になってしまった」
「もうちょっと普通に」
「う〜む」
「あいつ、ムリヤリ三次元な顔のクセして、結構難しいな…」
「本気出すか」
ピンポーン (ドアベルの音)
「む」
ピンポーン ピンポーン (続けてドアベルの音)
「? 誰だろ」
ピンポピンポピンポピンピンポピンピンポポポンピンポポポンピンポンピンポンピンポン
「うるせー!」
愁太郎 「誰?」
『速達だ。サインを頼む』
愁太郎 「……い、犬?」
『サインと言ってるだろう。俺は忙しい』
愁太郎 「……これでいい?」
『うむ。…余計なお世話かもしれんが、お前顔色が悪いな。風邪か』
愁太郎 「いや、別に…」
『ならもう少し日に当たるか、栄養のあるものを食え。サラミとかな』
愁太郎 「はぁ」
『少年はなるだけ頑健な肉体と健全な精神、そして大志を持つべし。じゃあな』
愁太郎 「……」
愁太郎 「犬の郵便配達か…」
「愁太郎さん 帰りが遅くなってすみません」
「あなたはもう先に初モディーも行ってしまったでしょうね」
「実はあの手紙を出してから、色々と大変な出来事があって、僕はすっかり足止めを食っていました」
「でも心配しないでください。
この手紙が着くころには、僕はもう韓国か、早ければ日本にいると思います。
ひなまトゥーリーに間に合えばいいと思っています」
愁太郎 「…ひな祭りって、まさか来年のじゃないだろなー」
ガタッ (物音)
愁太郎 「ん?」
『…愁太郎さん?』
愁太郎 「!」
『いや、実に遠かった! 実に!! やっと辿り着いた!』
『…愁太郎さん?』
『どうかしましたか?』
愁太郎 「…お前、誰?」
<おしまい>
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