欲しいものなら、いつだってその手にあまるほど



新しい靴  季節はずれのイチゴ  収まりのいい金色の髪

いかした懐中時計 焦げない鍋 なぞれば消えるインク 

雑草の生えない庭 エイ革の財布

決して秘密を漏らさない友だち




人の望みにはキリがない、と君は言う





人でない君の右手には、ささやかな探しものひとつ

それさえ叶えられれば、もう他には何も要らないのだと




人でない君は、そうオレに言う





熱を込めて













***






























「・・・ロメオ?」














なぜか予感がしたのだ












それでオレは立ち上がり、そばの草むらに向かって、彼の名前を呼んでみた
















「そこにいるんだろ」




























草むらの中からのぞく、懐かしい黒







「あぁ、やっぱり」





















「どうしたんだ? 出て来いよ」

















ロメオ 「・・・最悪だ。」













「最悪?」


ロメオ 「・・・最初に言っておくが、悪いのは俺じゃない」


「まだ何も言ってないぜ?」






ロメオ 「どのみち、戻ってきた理由の説明が要るだろう」

「まぁね。・・・じゃ、聞こうか?」




ロメオ 「つまり・・・あのハリスは不適格、俺の飼い主としてまったく相応しくない
人間だった、ということだ」



「そうか? 良さそうな人だったじゃないか。綺麗なシャツを着てた」

ロメオ 「見た目はな」

「手厳しいな」












ロメオ 「あのあとすぐに、俺はあいつの家に連れられて行ったんだ。・・・芝生の庭は
まぁ良かったが、玄関の横の、赤く塗られた三角屋根の小屋を見せられたときから、
嫌な予感がし始めた」

「ふーむ」

ロメオ 「だが気を取り直して、俺は言った。 『飼い主になったからには、何か命令
してみろ』と。そしたらあいつが何と言ったか分かるか?」


「さぁ」
















ロメオ 「”お手” だ。 こともあろうに、この俺にお手だぞ?」


「・・・うーん。最初の命令としては、適切じゃないか?」


ロメオ 「バカを言え。 ところ構わず小便して回るそこらのイヌならいざ知らず、俺は完璧に
人語を理解し操るんだぞ? コマンドはもっと複雑かつ高度なものでなくてはいかん」


「なるほどね。たとえば?」



ロメオ 「そうだな、この地一帯を支配するガウ族を平定せよ、と言われれば、
俺もやぶさかではない」

「・・・ガウゾク?」

ロメオ 「人間的な発音では”豪族”ともいう」

「待てよ、一体なに時代の話だ」

ロメオ 「それくらい高度な要求をしろ、という喩えさ」

「高度すぎるだろ」









ロメオ 「高度すぎるか・・・しかし実際のところ、それはあるかもしれんな」

「アンタ全般的にそういう傾向あるからね。スノッブといおうか」

ロメオ 「仕方なかろう。俺はそのへんの低脳イヌとは違う。飼い主となる人物には
そこを踏まえた上で、厳しく、かつ紳士的に導いてもらいたいのだが、適格者には
なかなか巡り合えない」


「・・・くどいようだけど、ハリスじゃ駄目だったのか? いいシャツ着てたのになぁ」

ロメオ 「問題外だ。”お手”を断られて、奴が次に何と言ったか分かるか?」

「分かんない」

ロメオ 「”それじゃあ、昼寝でもする? 起きたらオヤツを出してあげるよ” と
ぬかしやがった」

「えー、優しいじゃないか」








ロメオ 「いや、ダメだ。あれでは早晩、俺のほうが飼い主然としてしまうだろう。主従の逆転は、
犬にとって最大の悲劇だ。俺がその不幸を回避したのは、むしろ当然の行いと言える」

「難しいなあ」

ロメオ 「俺の理想は徹底した忠犬だからな。絶対的主人の心身に常に付き従い、
その命を終えたハチ公やパトラッシュ、キルヒアイスのようになりたいと思っている」

「最後のは犬じゃないだろ」

ロメオ 「細かいことは気にするな。とにかく、己を主人と錯覚した犬ほど虚しいものはないのだ」






「・・・で、その虚しさとやらを回避した結果、行く当てもないから、ここへ戻ってきた、と。」











ロメオ 「おまえの匂いには特徴があるからな。鼻がつい嗅ぎ付けてしまうのだ」





「・・・どんな匂いなのかいっぺん嗅いでみたいもんだ」

ロメオ 「言い表すのはすこぶる難しいが、ムカデとラズベリージャムを混ぜたような感じ、
とでも表現しておこう」


「ウソだろ?」

ロメオ 「ウソさ」











「まぁいいや。ともかくお帰り、ロメオ」
























ロメオ 「・・・忘れるなよ。俺の本名は、ジョヴァンニ・バルトロメオ・グァルネッリ」


「忘れてないさ。ジョヴァンニ・バルトロメオ・グァルネッリ」













ロメオ 「うむ。分かったらさっそくだが、今日の夕飯について話そうじゃないか、クラム・ベリー・ボン


クラム 「おい、まだ3時だぜ」





ロメオ 「早すぎることはない。俺たちの胃袋は、前の食事が終わった瞬間には
もう次の食事の準備を始めている。そうだろ?」

クラム 「屁理屈ばっかこねやがる、相変わらず」

ロメオ 「不服か?」











クラム 「・・・やれやれ。カバンになにかあったかなぁ。犬の好きそうなもの」

ロメオ 「なにも味つきの骨やジャーキー、砂糖ぬきのケーキでなくても大丈夫だぞ? 
俺はヒトの食べ物なら、すべて完璧になんでも咀嚼消化できるからな」












クラム 「知ってるさ、ロメオ」

ロメオ 「それから確認しておくが、俺とお前が再び共同生活を開始するにあたっては、
例のルールが適用される。この点、再々だがお前には若干の譲歩を頼む」

クラム 「分かってるさ、ロメオ」




ロメオ 「これは俺個人の価値観というより、犬としての本能に起因するものだから、
容赦してもらいたい。つまり俺とお前では・・・」












クラム 「リーダーはアンタさ、ロメオ。そうだろ?」




ロメオ 「うむ。それと忘れるなよ。俺の本名は・・・」












<おしまい>

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