「おい、クラム」
クラム 「あれ? おかえり」
クラム 「早かったね? まだ四時すぎだぜ」
ロメオ 「俺の行動は俺の体内時計が決める。ヒトの時間を当てはめるな」
クラム 「でも仕事の相手は人間だろ」
クラム 「…というか、本当に早くないか? 今日はたしか五時までの契約だったと思うけど」
ロメオ 「俺の体内時計がこう言った。”ジョヴァンニ・バルトロメオ・グァルネッリ。
今日の仕事は終わったぞ。帰ってサラミでも食え、おつかれさん”」
クラム 「勝手なことするなよ」
ロメオ 「お前の帰りも随分と早いじゃないか。今日の仕事はなんだ?」
クラム 「オレ? オレは手紙の配達だよ。いつもの、郵便局の手伝い」
ロメオ 「そりゃまた死ぬほどエキサイティングな仕事だな」
クラム 「ほっとけ!」
ロメオ 「…しかし、仕事に刺激を求めるのも一長一短だな」
クラム 「? どうかしたのか」
ロメオ 「お前、今日の仕事について俺に何と説明した? 今日の仕事の中味だ」
クラム 「ええっと・・・留守番。ようするに一日番犬だろ? 町外れのおっきな屋敷の」
ロメオ 「そうだな、番犬だ。お前、たしかにそう言ったな? 俺は暴漢や強盗の気配に
耳をそばだて、緊張感みなぎる現場で、勇猛に、かつ厳かに仕事をこなす自分を
想像していたぞ」
クラム 「・・・まぁ。両親が留守のあいだ、犬に来て欲しいって話だったかな」
ロメオ 「ひとつお前に言っておくことがある」
クラム 「?うん」
ロメオ 「いいか。平気でカッパライでも何でもする「野良った」生き方をするなら
話は別だが、主人を持たない犬が、街で平和に暮らすのは生易しいことじゃない」
クラム 「うん」
ロメオ 「ねぐらも必要だし、まず自分の食い扶持くらいは自分で稼がないと話に
ならん。たとえ数多くの名犬を輩出したグァルネッリ家出身の俺といえど、その
血筋に甘え怠惰に暮らすなら、そこらの駄犬と同じだ」
クラム 「そうかも」
ロメオ 「したがって俺は、俺が仕える唯一無二のマスターを見つけるまでは、
お前と生活を共にし、それ相応の義務――つまり労働を受け持つつもりでいるし」
クラム 「ふむふむ」
ロメオ 「お前のアイデア――お前と俺がコンビを組んで、便利屋稼業を営む――
というのは元手もいらんし、なかなかいい考えだと思ってる」
クラム 「そりゃ良かった」
ロメオ 「客が持ってくる仕事の内容についても、さして選り好みするつもりはないが、」
クラム 「うん」
ロメオ 「…お前、今日俺を依頼人の家へ向かわせる前、何と言った? 俺の仕事は何だと?」
クラム 「だから、るすば・・・番犬だろ?」
ロメオ 「そうだ確かにそう言った。だが実際には…あの仕事のいったいどこが番犬なんだ!?
俺は日がな一日、子ども部屋の揺りイスに座らされて、キンキン声のチビの遊び相手を
させられたんだぞ」
クラム 「な、なんだって!」
ロメオ 「何だそのわざとらしい反応は。…あの執事、俺が屋敷内の見回りと施錠の確認を
申し出たにも関わらず、オモチャと一緒に俺を子ども部屋に放り込んで、外からカギを
かけやがった」
クラム 「仮にアンタがフツーの犬だったら、すごく危険だな、それは」
ロメオ 「そこだ。幸か不幸か、俺は完璧に人語を解し操る紳士的な犬だったわけだ」
クラム 「ふむ」
ロメオ 「子ども部屋にいたチビは勿論大ハシャギさ。 ”わんわんが来た! 遊んでよわんわん!
歌ってよわんわん!” おい、聞いてるのかクラム」
クラム 「聞いてる聞いてる」
ロメオ 「いいからお前もちょっと想像してみろ。顔の面積の半分ほどが目玉でできてるチビが、
いかにも話しかけたい様子で周りをぐるぐる回って俺の注意を引き―――」
「ねー わんわん」
「………」
「ねーってば」
ロメオ 「なんだ」
「わっ 犬がしゃべった! アハハハ!!! 助けてー!! 噛まれるー!! ギャオー!!」
ロメオ 「…叫ぶのは変声期が終わってからにしろ、子ども」
「ヘンセーキ? ヘンセーキってなーに?」
ロメオ 「………」
「ねーねー」
ロメオ 「………」
「ねー それなーにー? 見せて」
「時計してる犬なんて初めて見たや」
ロメオ 「そうか」
「…ぼく時計好きだよ。カッチコッチて鳴る音がいいね?」
ロメオ 「そうだな」
「でもお酒の入ったケーキはきらい。考えただけで、オエーってなる」
ロメオ 「そうか」
「ねー、どうして時計なんか持ってるの?」
ロメオ 「…子ども、俺は犬だ。したがって俺の身体の中には、非常に優れた、
目に見えない時計が存在する」
「? うん」
ロメオ 「…にも関わらず、俺がわざわざゼンマイ式のヒト時計を持っているのには、
当然それなりの理由がある。…つまり、”ヒト世界の現在時刻を訊かれたとき、即座に
答えるため”だ」
「だれに」
ロメオ 「それはまだ決めていない。だがそのうち現れる。その人間が俺のマスターさ」
「マスター?」
ロメオ 「分かりやすく言えば主人――飼い主だな。上野教授やアルムの山のオンジ、
ローエングラム帝国元帥がそうさ。ようするに、俺が命をかけて尽くし、したがい、
つねにその人の元へ帰ることを約束した人物のことだ」
「その人、時計を欲しがってるの?」
ロメオ 「いいか、子ども。ヒトはいつでも時間を知りたがる。今日が何月何日で
今が何時何分か、という絶対時刻の概念がなくては、ヒトの人生は成り立たないのだ」
「ぼくなりたってるよ」
ロメオ 「それはお前が子どもだからさ。背が伸び身体が重くなるスピードが
一定に落ちるまで、人間の子どもは時間に縛られないのだ」
「よくわかんない」
ロメオ 「大人になれば分かるさ。…そして時計が示す時刻を知り、マスターと
時の流れをともにすることは、飼い犬としての、いわば教養なのだ。己の体内
時計だけの都合で、腹が減っただの散歩に行けだのと吠える犬もいるが、
まぁそいつは間違いなく駄犬だな」
「ねー、それで、きみのマスターはどこ?」
ロメオ 「知らん。まだ出会ってない」
「ぼくなったげる? スープの中の骨は、みんなきみにとっといたげる。
あと、お酒の入ったケーキはまるごとあげるよ。ぼくキライだから。
あれ見るとオエーってなる」
ロメオ 「子ども、残念ながら、子どもは俺の飼い主にはなれない」
「なんでさ」
ロメオ 「言いにくいが…過去の例では、子どもをマスターに持つ犬は、
悲惨な目に遭うことが多いのだ。名犬ラッシーを見ろ。パトラッシュも
気の毒だった。ダニーの最期など、語るのもはばかられる。
ようするに、子どもは犬の飼い主に向かない」
「だって隣のピーターはチワワ飼ってるよ! ピーターはぼくと同い年で、子どもだ!
お庭でピーターはよく犬の上に乗っかってるよ!」
ロメオ 「ピーターの犬に聞いてみろ。子どもが飼い主で、お前は幸せかと」
「無理だよ。ピーターの犬はしゃべんないもの」
ロメオ 「だろうな」
「ぼくしゃべる犬が好きだ。マスターになりたいよう」
ロメオ 「15年経ってから来い。俺は老いぼれてるか、死んでるかもしれんが、
お前が犬を飼うのに相応しければ、その頃生まれた新しい子犬が見つかるさ。
そいつは喋らないかもしれんが」
「いやだよー! しゃべる犬がいいよー! パパに言いつけてやるぞ!! ギャオー!!」
ロメオ 「…おい、叫ぶなら変声期が終わってからにしろ」
「ヘンセーキ? ヘンセーキってなーにー?」
「・・・お酒の入ったケーキのことさ、子ども」
「オエー!」
ロメオ 「…とまぁこの調子だ。何を言っても「それなーに?」と聞き返される
身にもなってみろ」
クラム 「で、辛抱できずに5時までの約束を途中で職場放棄してきたわけか」
ロメオ 「幸い、あの子どもが途中で昼寝を始めたからな。窓の格子のスキ間が
俺の身体より大きかったのはラッキーだった」
クラム 「あーあ。あとで依頼人にゼッタイ文句言われそう」
ロメオ 「ああいう仕事は二度と受けませんと言やあいい」
クラム 「んなこと言われても、最近は不景気で仕事も減ってんだけどなあ」
ロメオ 「他の仕事ならなんでもやるぞ」
クラム 「よく言うよ。郵便局の配達手伝いばっかりじゃ退屈だ、何か他の仕事
もってこいって言ったのはアンタだぜ」
ロメオ 「おい、クラム」
クラム 「なんだよ」
ロメオ 「分かってるな? 俺とお前では・・・」
クラム 「やれやれ。こう言えばいいんだろ。”リーダーはアンタさ! ロメオ”」
ロメオ 「うむ。それを忘れるなよ。…それから俺の本名は」
クラム 「ジョヴァンニ・バルトロメオ・グァルネッリだろ!」
ロメオ 「分かっていればいい」
クラム 「…とにかく、留守番犬がイヤなら、明日は手紙の配達を手伝えよ」
ロメオ 「やれやれ。死ぬほどエキサイティングな仕事だな」
クラム 「やかましい」
ロメオ 「少々の危険はかまわないが、名家出身のこの俺に相応しい、やりがいと
報酬、それから緊張感のある仕事をもってこい。
でないとまた俺の体内時計が終業時間を早めるぞ」
クラム 「…アンタって、実はすごい駄犬って気がする、なんとなく」
<おしまい>※ブラウザバックでお戻り下さい
Special thanks to : 琉渦 @sirius silver
(子ども役)