大事なものをなくした人が、
なくしてみて初めて分かるその大切さ
なんてよく言うけど
本当にそう
なんだってボクは、こんなことに巻き込まれた?
自分でも気づかないうちに、変節をくりかえした?
安易に 「寂しい」 なんて感情は持つべきじゃなかった 絶対に
ボクの砦には初めから、蟻の子いっぴき許してはならなかった
蟻の子どころか、リスいっぴき許したのは相当にマズかった
もうすぐボクは 思い知るにちがいない
戻ってこい ボクの孤独な日々
戻ってこい ボクの平穏な日々
*** 「おい、スー太郎!」
*** 「おいこら、スー太郎!」
愁太郎 「・・・・・」
*** 「おまい、食べ物をツクルだよ」
*** 「ツクルだよ!」
愁太郎 「・・・うるさいなあ」
*** 「ショーベリパイを焼くだ。オラ食いたいもの。甘さぎっしり、ショーベリパイ!」
愁太郎 「・・・おーい、幸村ぁ」
***「コラ聞いてるだか! お粉ふるって、バタ刻め! ショーベリパイ焼き上げろって!」
愁太郎 「うわっ! なにすんだよっ!」
*** 「生地に重石を載せろ! ショーベリー摘みに行け!」
愁太郎 「くそっ、のっかんなー!」
幸村 「ハウス! ハウス!」
幸村 「こらっ! 愁太郎さんに乱暴するんじゃないっ」
愁太郎 「おいっ! 幸村っ! もうっ! コイツどーにかしろよっ!」
幸村 「すみませんすみません、愁太郎さん! ぼくの説明が遅くなってしま・・・いや、ぼくは
ちゃんと説明してからって言ったんだけど、これぼくの言うこと、全然聞かないんです」
愁太郎 「あーのなーっ。言ーたかないけど、オマエのオヤジ、相当めちゃくちゃだぞっ!」
幸村 「え」
愁太郎 「おい、アンタ幸村のとーさんなんだろっ! 少しは息子の言うこと聞けよっ」
幸村 「あの・・・愁太郎さん」
愁太郎 「ん?」
幸村 「これはぼくのお父さんではないです。ディス・イズント・マイ・ファーデァー」
愁太郎 「なぜ英語」
幸村 「説明が遅くなってすみません。でもぼく、ホルツヘイムを出てからというもの、正直
これと一緒にここへ辿り着くだけで精一杯でクタクタで。夜もろくろく眠れなくて」
愁太郎 「・・・てゆ−かさ、じゃ誰なのよ。お前オヤジがどーのこーの言ってなかった?
お前のオヤジじゃないの?これ」
幸村 「いえ・・・彼はその、こう言って分かってもらえるかなあ。遺伝子工学者のぼくの
お父さんが作った『ギリス』なんです」
愁太郎 「・・・ギリス?」
幸村 「漢字で書くと”義栗鼠”らしいです」
愁太郎 「なんだそりゃ」
幸村 「読んで字の如しですよ、愁太郎さん」
愁太郎 「ギリス? よくワカンネーけど、そいつなんかそういうヘンなヤツなわけ?」
幸村 「・・・ぼくのお父さんは、ホルツヘイムでは100年に一度と謳われる天才学者です。
遺伝子とロボットを組み合わせた、生きる機械の研究に没頭していました」
愁太郎 「・・・・・・」
幸村 「寝食も忘れて実験に打ち込むうちに、かれは命の不思議と機械の力のあいだ、
踏み入れてはいけない領域に迷い込んでしまったのです・・・!」
愁太郎 「ボク常々思ってんだけど、科学者ってのは、なんでああ方向音痴が多いん
だろな。ある分野に秀ですぎると他がバカになるの法則、大概のヤツに当てはまるよな」
幸村 「・・・・・・そんな僕のお父さんによって作られた、鋼鉄の心臓を持つ、機械の命――
いや、いわば彼こそが、ホルツヘイムの真に茶色くならないドングリなのだ!」
愁太郎 「つまり?」
幸村 「まるで本当に生きているようでしょう。でも、彼の身体には赤い血は流れていません」
愁太郎 「自分には流れてるみたいに言うのね、あくまで」
幸村 「あなたには信じられないかもしれない。でも、一見生きているように見える彼が、
普通でない証が、ここにあります」
愁太郎 「む、そういや、なんかネジがついてやがる」
幸村 「・・・ぼくのお父さんはたしかに天才かもしれない。でも、ぼくは少し恐ろしい。
機械仕掛けの生命体を生み出すとは・・・! しかも、こいつは人間とリス、ふたつの種族の
血を引いている!」
愁太郎 「機械仕掛けなのはともかく、種族的には9割9分リスよりだろ、これ」
幸村 「愁太郎さんもそう思います? お父さんは人間も入ってるって言い張るんですけど」
愁太郎 「リスだろ」
幸村 「ですよね」
*** 「おい、おまいら! なにをぐじゃぐじゃ言ってるだ! ショーベリパイはどうした!」
愁太郎 「へん、今お前の話、聞いたぞ。ロボットがいっちょまえにモノ食うのかよ。
ポンコツはサラダオイルでも飲んでろっつーの。そんで壊れろ」
*** 「!!おまい!! 」
幸村 「ハッ! いけない! 愁太郎さん、それは禁句です!」
愁太郎 「な〜にが禁句だよ。機械の分際でボクに命令するとか、アホらしくて
付き合ってらんないね。ポンコツめ」
*** 「オ、オラ・・・オラ、ポンコツではね! オラ生きてるみたいの者、ホンモノみたいの
者なのだ! いくらおまいが青き衣の者でも、オラをポンコツ呼ばわりは、ゆるさんぞ!」
愁太郎 「ぅわっ!!」
*** 「あやまれ! あやまれ! スー太郎!」
愁太郎 「いってぇな、このっ!」
*** 「オラを生きてるみたいの者だって言え! ホンモノみたいの者って言え!」
愁太郎 「くそっ、降りろよっ!このポンコツ!」
*** 「まだ言うか! オラポンコツではないと言うのに!」
愁太郎 「うるさいっ! お前なんか、バラバラにしてやるっ!」
(金属が床に落ちる音)
愁太郎 「ハァ、ハァ、・・・ざまーみろ!」
ドッターン! (倒れる音)
幸村 「わー!」
愁太郎 「えっ・・・?」
幸村 「しっかりしろ! 零号機!」
愁太郎 「・・・どっちかっつーと、むしろシトだろ」
幸村 「零号機零号機! 応答せよ、応答せよ! オーヴァー!」
愁太郎 「・・・もしかして、なんかマズイ雰囲気?」
幸村 「愁太郎さん、なんてことを! ギリスの製作とメンテナンスには莫大な費用が
かかるんですよ!」
愁太郎 「そ、そうなの・・・?」
幸村 「せっかく異種族との共存実験のために連れてきたのに・・・これでは何もかも台無しだ」
愁太郎 「ちょっと待てよ、こいつと共存って・・・おい、お前いつそんな勝手なこと」
幸村 「お父さんはギリスの開発費用に、先祖伝来の茶色くならないドングリがなる木を
一本、売り払ったんですよ! それなのにこんなにもあっけなく壊してしまって!」
愁太郎 「・・・うーむ。つまりその、口の悪いゼンマイリスは、貴重で大事な実験機だったと。
それをボクが、ゼンマイぶっこ抜いて、壊しちゃったと、そういうこと?」
幸村 「ああ・・・お父さんになんて言えば・・・」
愁太郎 「う〜む」
愁太郎 「ここはとりあえず・・・」
愁太郎 「安直に、ぶっこ抜いたものを再度ぶっ挿してみるボクであった」
♪セ〜ガ〜
愁太郎 「なんか音したなぁ」
*** 「Loading
now ・・・。ゼンマイヲ抜カナイデ下サイ」
愁太郎 「おい、なんか再起動かかったっぽいぞ」
幸村 「えっ!」
*** 「再起動完了」
愁太郎 「早ッ!」
*** 「スー太郎。 食べ物よこせ」
愁太郎 「・・・ちょい待て、なんかあんまリセットされてない予感」
*** 「オラ食いたいのよ。甘さぎっしり、ショーベリパイ!」
ドッターン! (倒れる音)
愁太郎 「おいっ、幸村! なにやってんだよ! せっかく戻ったのに!」
幸村 「・・・ゼンマイのカギを抜くだけで良かったのか・・・ハハハ、なんだ」
愁太郎 「幸村?」
幸村 「この家へ辿り着くまでの、今までのぼくの苦労は一体・・・」
愁太郎 「幸村?」
幸村 「愁太郎さん、少しの間、これはあなたが預かってくれませんか」
愁太郎 「え・・・」
愁太郎 「おい、なんでボクが」
幸村 「僕が持つよりきっと安全だから。・・・大切なゼンマイのカギです。なくさないように、
お願いしますね」
愁太郎 「はぁ」
幸村 「良かった。ああ、ぼく、なんだかとても安心しちゃったなぁ。ホルツヘイムを出てからこっち、
ずっと振り回されっぱなしだったんです」
愁太郎 「ふぅん・・・でもこうやって見ると、ホントよくできてるよな」
愁太郎 「最初はてっきり生きてんのかと思ったぜ」
愁太郎 「ネジの穴以外、ほとんどリスだ。完全にリスだもんな、うん」
愁太郎 「肉球まである」
愁太郎 「・・・なぁ、これこのままにしといていーの? 箱とか入れて、しまっとく?
オヤジさんの大事なロボットなんだろ」
愁太郎 「このままその辺転がしといて、ホントに壊れたらマズいだろ」
愁太郎 「そーだ、お前が来たときに入ってた紙の箱ならまだとっといてあるけど、あれでいいかな」
愁太郎 「・・・っておい」
幸村 「(寝息)」
愁太郎 「・・・・・・」
愁太郎 「・・・相変わらずついてけねー。色々と」
ああ
戻ってこい ボクの平穏な日々
<おしまい>
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