「愁太郎さん」
「怒っているんですか」
「愁太郎さん」
「・・・・・・」
「すみません。できたら、なにかしゃべってくれたらいいんだけど」
愁太郎 「・・・別に怒ってない。」
幸村 「・・・」
愁太郎 「ただ脱力してるだけ。理由は分かるだろ」
幸村 「ええ。・・・たぶん」
愁太郎 「なかったじゃん」
幸村 「・・・・・・」
愁太郎 「なかったじゃん、ホルツなんとか」
幸村 「ええと・・・カスペルプロッツのことを言ってます?」
愁太郎 「どっちでもいいよ。」
愁太郎 「その、リスの村? クリスマスには世界中からリスが里帰りしてくるとかいう。
村の連中は年がら年中、祭りばっかやってて、ていうか祭り以外なにしてんのか不明で、
オマエラいったい普段どうやって生計立ててんだ的な村」
幸村 「あの・・・揚げ足をとるようだけど、ぼくがあなたを連れて行こうとしたのは、
ホルツヘイムじゃありませんよ」
愁太郎 「どっちでもいいって言ってんだろ」
幸村 「いえ、良くないです。ぼくが連れて行く約束をしたのは、遠いホルツヘイムではなく、
カスペルプロッツ百貨店の東世界支店・・・ホルツヘイムから日本に来ている、
移動式のお店なんですから。 その件に関しては、申し訳なく思っています。
でも・・・」
愁太郎 「でもなんだよ」
幸村 「いえ、あの・・・無駄足を踏ませておいてこんなことを言うのはあれだけど・・・
ただ・・・あすこへ実際に行ってみて、少なくともぼくが丸っきりウソをついていたわけじゃないことは、
あなたに分かってもらえたと思ってるんです、ぼく」
愁太郎 「フン」
幸村 「怒っているんですか。」
愁太郎 「あのさあ、最初に言っておくけど、その、カスなんとかには、別にボクが
自分から ”行きたがった” わけじゃないからな」
幸村 「・・・」
愁太郎 「 ”そんなに疑うなら、一度行ってみますか?” とかなんとか、おまえのほうが
ボクのことを、「こいつ全然ワカッテネーシロウトだからからいっぺん思い知らせてやる」
みたいな感じで誘ったわけでしょ」
幸村 「ぼくそんな風に言ってないですよ」
愁太郎 「そんで、どっからかわざわざ猟銃みたいなの出してきて、ボクをビビらせたよな。
「お前はもう死んでいる」 とかなんとか言って」
幸村 「ぼくそんな風に言ってないですよ!」
愁太郎 「・・・で、しょうがなくボクは貴重な休日を費やして、わざわざよそ行きに着替えて、
嫌いな昼間の下界に出て行ったわけ。紫外線もガンガン来てたし、山ん中は蚊がブンブン
飛んでた。そんで、おまえと一緒にあの草と木以外何もない中を、半日は探し回ったよな」
幸村 「ええ」
愁太郎 「でもなかったじゃん」
幸村 「いや・・・ええ、まぁ」
愁太郎 「これで分かったろ。もうボクの前で生きてるリスのフリとか、ホルツなんとかの
話はするなよ。前から言ってるけど、おまえはボクの に・ん・ぎょ・う なんだからな」
幸村 「でも愁太郎さん」
愁太郎 「・・・なんだよ」
幸村 「それを拾ったじゃないですか。」
幸村 「たしかにお店は来てなかったけど、あの野原の木のところに、それが落ちて
いましたよね。それはまぎれもなく、ホルツヘイムの、茶色くならないドングリです」
愁太郎 「なんだよ・・・こんなの。これはどうせあれだろ、おまえがわざと、そこらへんに
落としといて、ボクがこれを見つけて拾うように仕向けたんだろ」
幸村 「ぼくはそんなことしませんよ。いいですか、たしかにあのとき、カスペルプロッツは
みつからなかった。いつもなら絶対に、あの大きな木−−あなたがそのドングリを
拾ったすぐそばの木です−−の、根元のウロに看板をかかげて開店しているはず
なのに、なぜかいなかった」
愁太郎 「ハイハイ、「なぜか」ね。」
幸村 「でもいつもはあすこに来るんです。それは絶対にです。なぜ来ていなかったのか、
ぼくにも分からないけど・・・それはあの大きな地震のせいかもしれないし、ホルツヘイムで
なにか起きたせいなのかもしれない」
愁太郎 「まぁそういうのは、なんとでも言えるよな。ただ、野原に行って、そこで変な色の
ドングリを拾ったからっつって、 ”すごいぞ、ホルツなんとかは本当にあったんだ!!”
って、フツーならないだろ」
幸村 「・・・・・・」
愁太郎 「そもそも、百貨店なのになんでわざわざ歩きでしかいけない山の中で
営業してんだよ。客こないじゃん」
幸村 「人間とリスは違うんですよ。リスは山の中が一番落ち着くんですよ!」
愁太郎 「・・・なんかさ、ボク、自分では冷静なつもりだったけど、もしかすると
既にけっこう毒されてるよな。おまえらリスの作り話の妙な設定に対して、
ツッコむのも忘れてノコノコついていっちゃう とか」
幸村 「・・・それじゃ逆に聞きますけど、」
愁太郎 「む?」
幸村 「いったいあなたは、カスペルプロッツ百貨店・東世界支店がどんなだと思ってたん
です? どんな店に連れて行ったら納得したんです? 参考までに教えてください」
愁太郎 「ふむ・・・・・・」
愁太郎 「・・・・・」
たとえば
それは百歩譲って うっそうとした森の中にあるとしてもだ
まわりを木に囲まれて外からは見えにくい、けれどもちょうどよく、ぽっかりあいた
風通しのいい、小さな野原
目印は、野原の真ん中の 大きな木
よく見ると、木の根元には 穴が開いていて
百貨店とか言うわりに、店のかまえはかなりボロいつくりで 屋根もない露店
看板の上には、豆電球みたいに小さな白熱灯が点っている
どこから電気を引いているのかなんて、もちろんぜんぜんわからない
軒先に置かれている商品はといえば、どこかで見たことのある、インチキなお菓子だったり
特産みやげのコーナーには、お金で買える ホルツヘイム友好人物の証
青やみどりの、ヒョウタンの勲章
例のドングリなどは、飛ぶように売れるので もちろん山ほど
そして焼きたての甘い香りが鼻をくすぐる、この店の名物
機械のリスの好物のパイ
ボクたち以外の客もいっぱいいて、パイをさかなに、店先では飲めや歌えのお祭り騒ぎ
おとずれている客の風体は じつにいろいろで 金持ちの紳士も、やくざ者もごたまぜ
中には今にもぶっぱなしそうな ぶっそうなやつらもいる
酔いでも回っているのか、故郷の村を思い出し、紙の雨傘を持って踊ってるやつら
そんな賑やかな様子に目を細め、
ふるさとを思い出すね、遠くから来てよかったね と言い合う
カメラを提げた観光リスたち
楽しそうな おおぜいの リスたち
そしてボクは、まだこれが現実とは信じられない思いで、それでも無理矢理にお前から
手渡されたパイのぬくもりに、
これは夢じゃないかもしれないことを、じわじわと悟りながら
遠巻きにただぼんやりとこの、お祭り騒ぎを眺めるのだ
「愁太郎さん」
幸村 「愁太郎さん?」
愁太郎 「・・・・・・、ああ?」
幸村 「僕の話聞いていました? あなたはカスペルプロッツをどんなところだと
思ってたんですか」
愁太郎 「どんなところ・・・って」
幸村 「ええ。あなたが連れて行かれると思っていたのはどんなお店だったのか、
聞かせてください。参考までに」
愁太郎 「・・・・・・ぎ、銀座」
幸村 「銀座?」
愁太郎 「銀座の百貨店みたいな、でかくて高い、ちゃんとした立派な店に決まってるだろ」
幸村 「ふぅむ、そうでしたか・・・」
愁太郎 「当たり前だろ」
幸村 「・・・しかし、ひじょうに言いづらいのですが、カスペルプロッツは、ちょっとそういう
感じではないんですよね」
愁太郎 「・・・知ってる」
幸村 「えっ」
<おしまい>
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